あるとき、旧友のコンラッドが「お前がやろうとしていることはリーン・スタートアップという本に書いてあることと似ている」と言っていたことを思い出した。
リーン・スタートアップというのは何年か前に流行ったビジネス書だが、それを実際に活用して成果を上げてるという人に会ったことがなかった。
どちらかというと、とある友人が「会社でリーン・スタートアップを読めと言われて読んだんだけど、話の中身はわかるけど自分の考えとしてとり込んで応用するのが難しいんだよね。そもそもうちは大企業であって、既存事業は決まっていて、私に決済権ないし。そもそもスタートアップじゃないし」と愚痴っていた印象しかない。
僕は面白そうな本、流行している本ほど読むのは後回しにしようと考えるタチである。
人と同じがイヤというよりも、その時に影響を与えそうな本から影響を受けすぎると、自分の軸がブレてしまうことを恐れているのだ。
もし、コンラッドが指摘したように、僕のやろうとしていることがリーン・スタートアップに書いてあることと似ているのだとしたら、僕はその本から影響を受けてしまうだろう。いや、受けすぎてしまうだろう。それで読むのをなんとなく避けていた。
だから面白そうな本はとりあえず買っておいて、Kindleライブラリの奥深くに眠らせておいて、気が向いた時、自分がリラックスしていてどんなに影響力のある本でも、前のめりにならず、「ふーん」という態度で読めるような心の余裕があるときに読んでみることに決めている。
しかし先日、ガンダム THE ORIGINの13巻を読み終わってしまって、次になにか読む本はないかと探した時に、ちょうどKindleのクラウドの奥底にあったこの本に目が止まった。
今、僕の仕事としてはちょっと次に向けて色々仕掛けを打つべき次期で、わりと心も穏やかで、それでいてブレてない。むしろいま、自分にポジティブな影響を与えてくれるようなヒントを求めているような状況である。これは一つのスタートアップ的状況と呼べるのではないか。で、あれば、今こそこの本を読むべき時かもしれない。
そう思ったのだった。
果たして、リーン・スタートアップは、まさに、素晴らしい本だった。
これこそ今の僕が読むべき本だった。

リーン・スタートアップ ムダのない起業プロセスでイノベーションを生みだす
- 作者: エリックリース
- 出版社/メーカー: 日経BP社
- 発売日: 2013/09/11
- メディア: Kindle版
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リーン・スタートアップが主張する主な内容は2つだ。
- スタートアップとは実験である
- 検証に基づく学びで常にピボットするかしないか選択しろ
これはスタートアップに限らないんだけど、「なぜこの事業は上手く行かなかったのだ」と問われた時に「そのときは市況が悪くて・・・」とか「メインのプログラマーの実家に不幸があって・・・」とかぐだぐだ言い訳をした挙句、最後には「まあでも、メインプログラマーに頼りすぎた開発体制に問題があることを学びました」とか「市況に左右されないよう、常に幅広い顧客にアプローチしておくべきことを学びました」とか、明らかに後付の言い訳を「学び」というポジティブな言葉に置き換えて誤魔化すという悪習は、あらゆる企業に蔓延っている。
この模様は、僕自身リアルで体験したことが幾度もある。
まるで、ヒーロー番組の悪の首領の御前会議で、「またシミレンジャーを打ち損じたか!!貴様、おめおめと帰ってきおって、死んで詫びろ!」と激昂する首領に対し、「大王様どうかお許しを!!次回こそは必ず・・・」と食い下がる怪人のようだ。そういう人(怪人)は次回もだいたい同じ失敗を繰り返すのである。そしてその怪人が殺されて、次の怪人になっても、だいたい同じようなことが繰り返されるのだ。
悪いのは誰か。怪人ではない。いつまでたっても怪人の失敗を部下のせいにし続けている首領である。怪人の失敗、度重なる作戦の失敗は全てマネジメントの敗北なのだ。
経験から見ても、歴史に学んでも、失敗は明らかに成功の母である。
だがしかし、本来、失敗には無駄な失敗と有用な失敗がある。
母となる失敗と、無駄な失敗とがある。
本書では成功の母となる失敗を「検証に基づいた学び」と呼ぶ。
戦隊モノの大半では、悪の組織は失敗から何も学ばない。
なぜ五人の変身前や寝込みを襲わないのか。
なぜハニートラップをもっと有効に使えないのか。
もっと効果的な作戦を考えるべきではないか。
結局、行き当たりばったりなのである。
まあもちろんそれは子供向け番組だから当然なのかもしれないが、個人的には、こういう番組だけを見て正義と悪を認識した子供は、心の何処かで「悪の組織といえど、心根は紳士であり、変身前には襲わないし、毎度毎度同じパターンで襲ってくるけど同じ方法で撃退される」という事なかれ主義を刷り込まれてしまうのではないか・・・というのは大げさだろうが、笑えないのは悪の組織と同じような光景が現実のビジネスで繰り返されていることだ。
悪の組織とは、本質的にベンチャーである。
世界征服という壮大な夢を抱き、異端児、怪人と呼ばれる人を集め、または自ら作り出し、新しい手法で世界に自らの価値を認めさせようとする。
そうした勢力が出てきた時、政府は彼らの既得権益を守るためにベンチャーの野望を撃破する。愛と税金の注ぎ込まれた絶対的暴力装置、それを正義の味方と呼ぶのだ。
よく考えると笑えない。
もし、悪の組織がリーン・スタートアップを読んでいたら、事態はもっと変わっていたかもしれない。
エヴァンゲリオンがどうしてあんなに魅力的に見えるのか。
それはNERVという存在が、本質的に悪の組織だったから、なのかもしれない。
エヴァンゲリオン(旧劇)においてNERVが戦う相手は、政府ではなく神である。
NERV自体が政府機関の形をとってはいるものの、NERV自体も他の政府機関から攻撃を受ける。
そしてNERVは、リーン・スタートアップである。
NERVにとってあらゆる指令、あらゆる作戦は実験的性質を持っている。
そして日常的にもエヴァとのシンクロという実験を繰り返す。仮説を立て、実験し、実験結果から次の戦略を導く。その仮説を碇ゲンドウは「シナリオ」と呼ぶ。
NERVも失敗を繰り返す。
エヴァ参号機は暴走し、パイロットを死なせてしまう。
ゲンドウは愛人と目される綾波レイも、実子である碇シンジも、実験のためのモルモットとしてしか見做していないような態度をとり続ける。
ゲンドウにとって重要なことは、自分の妻ユイを取り戻すことであってゼーレの掲げるシナリオに沿うことではない。
リーン・スタートアップにとって大事なのは、仮説に基づきMVP、すなわちMinimum Viable Product(実用最小限の製品)を作って市場に出してみることである。
エヴァシリーズ、零号機、壱号機、弐号機、参号機はまさにMVPであると言える。
最終的に量産型として自立稼働するエヴァシリーズが登場するまでは、零号機や壱号機といったパイロットを必要とする機体で戦うしかなかったのだ。
とはいえ、仕事のやりかたをがらりと変えるというのは、大企業では極めて難しい。
周囲の理解がどれだけあっても、そこには既存のルールが立ちふさがるからだ。
そういう意味では、僕のような立場の者でなければ、リーン・スタートアップという本の素晴らしさを実践することはなるほど難しいのかもしれない。
リーン・スタートアップは、そこいらの抽象論を扱った本ではなく、著者は実際に中規模の成功を収めたベンチャー企業IMVUのCTOでもある。
そこには赤裸々に彼らの仮説が間違っていたこと、それを認めるのにかなりの時間を要したこと、そこから脱却するのにどのようなことを考え、実践したか、ということが書かれている。
IMVUは日本では馴染みがないが、調べてみるとまだ存在している現役のチャットサービスである。
そしてこの本に書いてあるとおりに機能が実現されていて驚く。
このサイト自体の魅力は僕には全く分からないが、それでも同時7万人接続のチャットサービスがF2Pで何年も運営できているのは立派である。
むしろ中規模のベンチャーを軌道に載せた、という意味ではマーク・ザッカーバーグの伝記より役立つ。
より実践的だし、イメージしやすいからだ。
その意味では、リーン・スタートアップという本はIMVUというさ〜ビスとあわせて一つの教材として優れていると言えるだろう。
そういう意味でも面白い本だった。